034テンペラ画家 斎藤直美さん
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2006喜多方ふるさとの風景展、準大賞受賞作品。
「また 帰ってくるからね」

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ボード(絵画用板)も手作り。
「時間をみていくつか作っておきます」

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絵の具の作り方その1
「まず、顔料に卵液(エマルジョン)を入れます」

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絵の具の作り方その2
「それを指で加減をみながら混ぜます」

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小さいものは、こんなふうに床に座り膝をたてて描いたりします。

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女の子と白いネコの絵。ネコが着ているスカートのダイヤ模様が心に残ります。

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大きな黒い瞳が印象的な斎藤直美さん。

テンペラ画家 斎藤直美さん

テンペラ画とは

テンペラ画とは、中世ヨーロッパの古典技法のことをいう。
テンペラは絵の具のこと。ラテン語で語源は「混ぜる、調合する」。その昔、画家たちは土や岩などを細かくくだいたものや、植物の汁を水練りしたものに卵などを混ぜて定着させ自分で作っていたという。
テンペラで描かれた絵画は、奥深い色彩と質感、しっとりと沈んだような絵肌が特徴。ボッティチェルリ作「ヴィーナスの誕生」などがある。

子供の頃から絵を描いたり、
ひとりで遊ぶのが好きでした

静けさの中、小さな物音が聞こえてくるような絵だ。
物音は女の子の声だったり、そろりと歩くネコの足音だったり、風に揺れる葉音や、かすかな吐息だったり。絵の中の女の子やネコ、アヒル、花びらがひそかに息づいているような不思議なリアル感が漂う。
「絵の中の女の子は私です」
テンペラ画家の斎藤直美さんは、はにかむような笑顔で一枚の絵を見せてくれた。
ネコをストールにくるんで椅子に座らせ、女の子がはずむような足取りでどこかへ向かう。裸足の女の子はなにものかに解き放たれたように蓮池をスキップしていく。片手には一輪の蓮の花。散りゆく花びらと目を閉じたネコの姿が印象的だ。
絵の題は「また 帰ってくるからね、」。
2006喜多方ふるさとの風景展、準大賞受賞作品だ。
「子供の頃は、少女マンガに夢中でしたね。絵を描いたり、ひとりで遊ぶのが好きでした」
毎日、飽きることなく絵の具で何かを描いていた少女時代。大きくなるにつれて「いつか絵画を学びたい」と思うようになる。
直美さんは現在、日本画の美術館「郷さくら美術館」に勤めながら、テンペラ画の創作を続けている。

テンペラ画との出会い
ある日、絵の中に女の子がポッと生まれでた

直美さんは高校卒業後、東北芸術工科大学洋画コースへと進んだ。
「美術関係の仕事につければいいとそんな思いで入学したのですが、自分の志の低さを思い知らされました」
当然、回りは絵を描く人ばかりでその気迫に圧倒され、次第に影響されていく。
学校では、水彩画や油絵を中心に学んだ。
「3年の実習の時間に、テンペラ画を知りました。こういう絵があるんだと目を見張りましたね」
色彩の艶、質感に心を動かされた。やがて自分はこの技法でやっていこうと決心する。
「乾きが早いので重ねて描くことができる。重ねたりけずったりしながら質感を出していけるのが魅力です」
もうこの世にはいない人なのですがと、一冊の画集を手渡してくれた。38歳で夭逝した画家、有元利夫の作品集。
「私が尊敬している画家です。学生の時に展覧会で原画を見て心を揺さぶられました」
自分もこんな世界を描きたいと切望するが、思うように描かれずにいた時、先生に「君は真似をしているに過ぎない。自分のものを描いていない」と指摘される。
描きながら「これは違う」と感覚がつめない日々が続く。
「そんな中、ある日ポッと生まれたのです」
苦悩の進級製作の途中に生まれでたひとりの女の子。3年生の時だった。

現実と非現実の境にあるものを描く

ここ数年は個展や応募の制作に忙しいという直美さん。
「描くのは、帰宅後か休日。今はもう覚悟を決めてマイペースで描いています。制作につながる話は積極的に受けて活動していきたい」
学生時代とは違う様々な出会いが次ぎの出会いに続いていく。人とのつながりを大切にしたいという。
「将来は、テンペラ画の教室を開けたらうれしい」と打ち明けてくれた。
好きな言葉は「あいまい」。
「たとえば瞳。見る人がそれぞれ表情をイメージできるような、その人の見方ひとつでどんなふうにも見える。そんな不思議な感覚に惹かれるのです。現実と非現実の境にあるものを描いていきたい」
直美さんは、大きな黒い瞳で微笑みながら丁寧に話してくれた。kマーク

斎藤直美
〒963-8822 郡山市昭和町1丁目10-20
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