073キッチン杉の子
杉の子01

タチウオをさばく杉中圭一郎さん。
圭一郎さんは、育美さんをカミサンと呼びます。
「カミサンは空気のような存在です。側にいなくてもいつも自分の中にいる人。無くてはならない人です。初めて会った時の印象は、元気な人だなあって思いました。今も変わらないですね。悩んでいるといつも励ましてくれます」

杉の子02

杉中育美さん。
育美さんは圭一郎さんをマスターと呼びます。
「マスターは自分にないものを持っている尊敬できる人です。私はつい口を出してしまうのですが、一生懸命やっているのを見ると、ああこの人にはかなわない、そう思います」
まっすぐな目で話す育美さん。朗らかで頼りになる女性です。

杉の子03 杉の子04 杉の子05 杉の子06 杉の子07 杉の子08

キッチン杉の子 
杉中圭一郎さん、育美さんご夫妻

キッチン杉の子、マスターの笑顔

暮れもおしせまった日に、古い友人たちと美味しい食事で愉快な時間を過ごした。
場所は「キッチン杉の子」。
和食と洋食、スペイン料理などを食べさせてくれる小さなお店だ。
お店に入るとカウンターにある大きな肉の塊が目に入った。
台に置かれているのは「ハモンセラーノ」。スペインを代表する生ハムで、ハモンとは「熟成したハム」、セラーノは「山の」という意味らしい。肉質の良い豚の後脚を塩漬けにし、長期間気温の低い乾いた場所に吊るして乾燥させたものだ。
「ナイフで薄く切ってお出しします。香りが良く、しっとりとしたまろやかな風味で美味しいですよ。今日はサラダにおつけしましょう」
マスターの言葉に歓声があがった。
その笑顔はみんなの心をしっかりとつかみ、私たちはわくわくしながら料理を待った。

お客さまの思いに後押しされて

キッチン杉の子は2013年9月に再オープン。
震災前は別の場所で奥さまと2人で営業をしていた。
「原発事故後、当時4歳だった長女のことを考え家族で故郷の札幌市へ避難しました。その間、郡山の常連のお客さまから再開を望む声が多く寄せられました。わざわざ会いに来てくれた方もおられ、嬉しかったですね」
マスターの杉中圭一郎さんは、そんなお客さまの思いに後押しされお店を再開することを決心する。
「新しい店は、2人でまかなえ、お客さまに目が届くようなこじんまりとした空間です。お客さまには楽しい時間を過ごしていただきたいですね」
キッチン杉の子は、カウンター席から厨房が見渡せ、料理をするマスターの手元を見ることができる。そのライブ感はなかなかのもの。キャベツを刻む、じゃがいもを炒める、パンを切る。フライパンで肉を焼く、鍋にミルクを入れる、チーズをおろす。その作業をマスターはお客さまと話をしながらこなしていく。
「常連さんの中には、お1人で来てもご家族5人で来てもカウンター席に座る方がおられます。座る場所も決まっているんですよ」
マスターは目を細めながら嬉しそうに話してくれた。

20歳の時にスペインへ。
住めば都、言葉は食材から覚えていきました。

「小学生の頃からオフクロの買物について行ったり、家庭菜園で野菜を作ったりしていました。若い頃のオヤジは亭主関白で味にうるさく、おかずが何品か並ばないと不機嫌になる。オフクロが大変なので料理も手伝っていました。食べることも好きだったし進路を決める頃には、料理をやる人になろうと思い調理師の専門学校へ進学しました」
杉中さんは、20歳の時にスペインへ料理を学びに行くチャンスに恵まれ、その後5年間滞在する。
「ちょうどバルセロナオリンピックの頃でした。住めば都、自分はどこに行っても平気な方で好き嫌いはないし、まかないも旨い。スペインは楽しくて過ごしやすかったですね。言葉は食材から覚えていきました。市場では1キロ、2キロなど数字を覚えたり。半年ぐらい過ぎると上手に話せなくても何を言っているのかがわかるようになりましたね」
キッチン杉の子は、実は縁あって札幌から郡山へ来られたお母さまの意向で始めたお店。スペインにいる息子に声をかけ一緒にやることになった。お父さまがお店の名付け親だという。
奥さまの育美さんはその当時のお客さまで、病院の栄養士として活躍していた。
「マスターと出会ってから、美味しいものを作ってお客さまに食べてもらうことの方が好きなのかもしれないと思うようになりました」
育美さんは、朗らかな声でよく笑う。
2人でお店をやるようになり、お客さまから親しまれている笑顔の素敵な女性だ。

マスターの人柄、繋がる思い。

「マスターは、北海道で生まれたせいか私とは感覚が違う。12年ほど前に北海道をドライブしていた時に車の中からジャガイモ畑で働いてたおじさんに声をかけたんです。おじさんこれ譲ってくれない?って。おじさんはいいよって。にんじん、とうもろこしも持ってけって。私なんかは初対面の人にはなかなか声をかけられない。マスターは気がつくといつの間にか回りの人と話が弾んでいるんですよ」
と育美さん。楽しそうな様子が目に浮かぶようだ。
その時のおじさんたちとはいまでも付き合いがあり、じゃがいもなどを毎年送ってもらうという。
「学生の頃に、ご夫婦でやっているお寿司屋さんでアルバイトをしていました。魚のおろしかた、鮨の握り方もその時に覚えました。僕らの目標のようなご夫婦で今でも仕入れなどで繋がりがあり、ずっとお世話になっています」
自分たちはお客さまにも恵まれている。
そう言えば回りには両親をはじめ素敵なご夫婦がたくさんいる。
一番の財産だね、とうなずき合う2人だ。

オープンの日の朝に長男が誕生しました。

「震災・原発事故後はあわただしく札幌に避難しました。お客さまにはお店を閉店するというハガキ1枚だけ出して。福島で生活している人たちのことがいつも胸の中にありました。こうして戻ってこられ、お店を再開できたことが何よりも嬉しいです」
この日、育美さんはもうすぐ5ヶ月になる長男の奏介くんをおんぶして話してくれました。
奏介くんが産まれたのは9月26日。
お店がオープンの日の朝でした。
育美さんは大きなお腹を抱えながらオープンの準備で連日忙しい日々を送っていました。
「オープンの前日は食事をとる時間もなく、口に入れたのは饅頭2コ。家に帰ったのは夜中でそのままバタンキュー、明け方に陣痛がきました。7時半に妹が車で迎えに来てくれてそのまま分娩室へ。あっという間に産まれました」
饅頭2コで出産した育美さん。自分で自分をたのもしいと思う、と笑います。気がつくと何でもやってしまっている。仕事が気になって退院して間もなくお店に来たこともあります。
「私はがんばりすぎる性格。オープンにも立ち合ってお店もやるつもりでいました。ママ、ストップ、もう止めた方がいいよ、とこの子が声をかけてくれたのかもしれない」
背中で眠る奏介くんを優しく見守ります。

美味しい料理を食べると人は幸せになります。
人が料理を作っている時、料理は人の笑顔を作っているのですね。
これからもとびきりの笑顔を私たちに届けてくださいね。kマーク

2014.02.04 取材

キッチン杉の子
郡山市桑野3丁目11-16 岡部ビル1F
TEL・FAX/024-925-2886
営業時間/11時30分〜14時(ラストオーダー)
     17時30分〜22時(ラストオーダー)
定休日/火曜日
駐車場/有り