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嘉永蔵

嘉永蔵

蔵の湯

清作の母・シカは、猪苗代から来るときにしばしば立ち寄り、まかないを食べたり、囲炉裏で暖をとっていた。

ラーメン丼

新城家では、昔、商売などで訪れた人々にまかないとして御膳を出していた。

ふるさと定食

大広間に飾られている野口英世の書。
アメリカからの帰国の際、この大広間で歓迎会を行った際書かれたものである。

らーめん豆

純米吟醸「Dr.野口」2,100円(税込)

2004年春【第九巻】野口英世の故郷、会津を訪ねる 08

嘉永蔵

野口家と深く関係していた新城家に伝わる、
母・シカの人柄。

会津若松市日新町12-38
TEL/0242-27-0002
■営業時間/AM9:00〜PM5:00
■定休日/12/31、1/1
■入場無料
■駐車場/20台

新城家と野口家の深いつながり

1850年の創業以来続く「嘉永蔵」には、野口家との深いつながりがあった。
三代目新城猪之吉の妻・ヒデが、清作の恩師である小林先生の実姉であり、小林先生を慕っていた英世も、新城家とは親戚のような付き合いをしていた。
昔は、どの地域でも権力や財力のあった家では、商売などで訪れた人のまかないを出すところが多かった。会津では、財力のあった新城家が、その役割を担っていた。
英世の母・シカも、会津に商売に来る際や柳津町の中田観音に参拝した帰りには、必ずここを訪れていた。
シカは野口家が貧しい農家であったため、猪苗代から採れたエビや着け木を会津に売りに来ていた。商売に来るときは、猪苗代から歩いて、朝の7時半頃に着くのが常であった。まかないには汁物と飯、漬け物が御膳で出されたが、シカはきまって、塩おにぎりしか口にしなかったのだという。
当時の新城家の人々は、この老婆が後の医学博士・野口英世の母とは知らず、それは後になってわかったことだと言われている。
また、嘉永蔵には英世の実弟・清三がでっちぼうこうをしていた時期もあった。嘉永蔵は、英世だけでなく家族ぐるみで深い関わりある蔵元である。
英世がアメリカから戻った際も、新城家の大広間で歓迎会が行われた。

酒造りの様子や、新城家の建物を見学

嘉永蔵は、末廣酒造が一般公開している酒蔵で、見学自由。
昔、新城家で製造・販売していたはかりや漆器の展示や、酒造りの作業工程がわかりやすく紹介されている。
お酒の販売コーナーもあり、そこでは末廣酒造の数種類の銘柄を試飲することができる。 また、新城家の人々が昔使用していた部屋なども見学することができる。
新城家の財を尽くした大広間には、英世が帰京の際に書いた書や、記念写真も残されている。

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